日本全国の中学生が1日に何時間ゲームをしているか調べたいとします。全員に聞くのは無理です。そこで一部の人に聞いて、全体を推測します。これを といいます。
この方法はとても強力です。数百人に正しく聞けば、数百万人の傾向がかなり正確に分かります。ただし条件があって、取り方が正しいこと。ここを外すと、何人に聞いても答えは合いません。
1. 取り方が偏るとどうなるか
先ほどの調査を、ゲーム実況の動画のコメント欄で募集して行ったとします。何が起きるでしょうか。
集まるのは、ゲームが好きな人ばかりです。ゲームをまったくしない中学生は、そもそもその動画を見ていません。結果として、平均のプレイ時間は実際よりずっと長く出ます。1万人集めても、この偏りは直りません。
これを といいます。調べる対象の選び方が偏っているために、結果が実態からずれることです。気づきにくく、件数を増やしても直らないのが厄介な性質です。
| 調べ方 | 集まりやすい人 | 結果のずれ |
|---|---|---|
| ゲーム動画で募集 | ゲーム好き | プレイ時間が長く出る |
| 駅前で夕方に聞く | その時間に外出する人 | 在宅の人が入らない |
| 学校でアンケート | 登校している人 | 不登校の生徒が入らない |
| ウェブで自由回答 | 強い意見を持つ人 | 意見が両極端になる |
アンケートで最も見落とされるのが、答えなかった人がどういう人かです。忙しい人、興味のない人、答えたくない人。この人たちの傾向が、答えた人と違うなら、結果はずれます。
2. 生存者バイアス
もう1つ有名な偏りが です。残ったものだけを見て判断してしまうという間違いです。
たとえば「成功した経営者100人を調べたら、全員が早起きだった。だから早起きすれば成功する」という話。失敗した経営者の中にも早起きの人がたくさんいるかもしれませんが、その人たちは調査対象に入っていません。
有名な例に、戦闘機の装甲の話があります。帰ってきた飛行機の弾痕を調べて「よく撃たれている場所を厚くしよう」と考える ── しかし帰ってこられた飛行機しか調べていません。本当に補強すべきなのは、帰ってきた機体に弾痕がない場所(そこを撃たれた機体は落ちた)でした。
共通しているのは、消えたものが見えないという点です。前回の「比べる相手はいるのか」という問いが、ここでも効きます。
3. 偏りのない取り方
では、どう取ればよいのか。基本は偶然で決めることです。誰が選ばれるかを、くじ引きのように決めます。
- 1全体の名簿を用意する — まずここが揃っていないと始まらない
- 2そこから偶然で選ぶ — 自分で選ばない、手を挙げてもらわない
- 3選ばれた人には必ず答えてもらう努力をする — 断られると偏りが戻る
- 4答えなかった人の割合を記録する — どれくらい偏りうるかが分かる
実際には、1番目からして難しいことが多い。「全国の中学生の名簿」は簡単には手に入りません。だから現実の調査では、地域や学年で区切ってから、その中で偶然に選ぶといった工夫をします。国が行う大きな調査では、こうした設計に多くの手間がかけられています。「どうやって選んだか」が調査報告書に細かく書かれているのは、そこが結果の信頼性を決めるからです。
4. 数を増やせば正確になるのか
「もっと多くの人に聞けば正確になる」と思いがちですが、正しくもあり、間違いでもあります。実際に試してみましょう。
import numpy as np
rng = np.random.default_rng(42)
# 全体(本当の姿): 10万人。平均 60 点のテストpopulation = rng.normal(60, 15, 100_000)print(f"本当の平均: {population.mean():.2f} 点\n")
print("【正しく取った場合】偶然で選ぶ")for n in [10, 100, 1000, 10000]: sample = rng.choice(population, size=n, replace=False) print(f" {n:6d}人: 平均 {sample.mean():6.2f} 点")
print("\n【偏って取った場合】点数が高い人しか答えてくれない")high = population[population > 70] # 70点より上の人だけfor n in [10, 100, 1000, 10000]: sample = rng.choice(high, size=n, replace=False) print(f" {n:6d}人: 平均 {sample.mean():6.2f} 点")実行すると、はっきり分かります。正しく取れば、人数が増えるほど本当の平均に近づきます。しかし偏って取ると、人数を増やしても近づきません。むしろ、間違った値に安定して近づいていきます。
「10万人が回答!」という調査でも、取り方が偏っていれば正確ではありません。件数の多さは、取り方が正しいときにだけ意味を持ちます。まず「どうやって集めたか」を確認してください。
5. 少ない件数はどれくらい揺れるか
正しく取った場合でも、件数が少ないと結果は揺れます。上の実験で 10人の場合を何度も繰り返すと、そのたびに違う平均が出ます。
import numpy as np
rng = np.random.default_rng(7)population = rng.normal(60, 15, 100_000)
for n in [10, 100, 1000]: means = [rng.choice(population, size=n, replace=False).mean() for _ in range(1000)] means = np.array(means) print(f"{n:5d}人で1000回試す: " f"最小 {means.min():.1f} / 最大 {means.max():.1f} " f"(幅 {means.max() - means.min():.1f} 点)")件数が少ないほど、出てくる答えの幅が広いことが分かります。これが の逆の側面です。回数を増やせば本来の値に近づくということは、少ないうちは大きく外れるということでもあります。
6. まとめ
この回の要点は1つです。数より取り方。
- 取り方が偏っていると、数を増やしても直らない
- 答えなかった人がどういう人かを考える
- 残ったものだけを見ていないか(生存者バイアス)
- 偶然で選ぶのが基本。手を挙げてもらう方式は必ず偏る
- 正しく取っても、少ないと揺れる
調査の結果を見たときは、「何人に聞いたか」より先に「どうやって集めたか」を確認する。この順番を身につけておくと、多くの誤解を避けられます。「N=10,000」という数字は目立ちますが、集め方が書かれていない調査は、件数がいくら大きくても評価できません。
取り方が偏っていれば、1万人でも正確にならない。選択バイアス は気づきにくく、件数では直らない。生存者バイアス は消えたものが見えないことから生まれる。基本は偶然で選ぶこと。そして正しく取っても、少ない件数は大きく揺れます。次回は、グラフでの見せ方の話をします。
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