発射台から立ち上がるH3は、大きな塔のようです。しかしその内部は、荷物でぎっしりの建物とは違います。大きなタンクを抱え、役目を終えた部分を切り離しながら速度を増していく機械です。MMXを打ち上げたH3-24Lを、上から下まで見てみましょう。
「24L」は、機体の組み合わせを表す
H3には、用途に合わせて組み合わせを変える考え方があります。H3-24Lの「2」は第1段のLE-9エンジンが2基、「4」は固体ブースターSRB-3が4本、「L」は長いフェアリングを意味します。フェアリングは、先端にある荷物を空気の力や熱から守る覆いです。MMXの打ち上げ計画に記載された形態が、この24Lです。出典:MMX打ち上げ計画書
ロングフェアリング形態の全長は約63m、中央の機体の直径は5.2mです。1階を3mとする単純なたとえなら21階分ほど。ただしビルとは床の構造も形も違います。ショートフェアリング形態は約57mで、H3ならすべて63mというわけではありません。出典:H3諸元
図の段構成・タンクの上下関係はJAXAのH3構成図と照合しています。挿絵の内部寸法・配管・搭載物の外形は簡略化しています。
空気を押しているのではない
風船の口を開くと、中の空気が後ろへ飛び出し、風船が反対向きに動きます。ロケットも、物質を後ろへ噴き出すことで前へ進みます。周囲の空気を足場にする必要はありません。そのため空気のない宇宙でも働きます。物体同士が力を及ぼし合う「作用・反作用」が、推進の基本です。
ロケットで燃やす物質を「燃料」、燃焼を支える物質を「酸化剤」と呼びます。H3の液体エンジンでは液体水素と液体酸素を使います。酸素はここでは燃料ではなく酸化剤です。大気中の酸素を取り込む飛行機と違い、必要な酸化剤も自分で運ぶので、空気のない場所でも燃焼できます。
燃焼で高温になった気体は、ノズルという出口を通って速く噴き出します。噴き出す量と速さが、ロケットを押す力に関わります。その押す力を「推力」といいます。推力が大きいことと、同じ量の推進薬を有効に使えることは別の性質で、第3回で分けて考えます。
中心の液体エンジンと、左右の固体ブースター
打ち上げ直後は、推進薬をたくさん積んだ機体が重く、地球の重力に逆らって上がる必要があります。SRB-3はこの時期の推力を助けます。H3は液体式と固体式を一つのロケットの中で使い分けているのです。燃焼を終えたブースターを切り離せば、その空の容器を最後まで運ばずに済みます。出典:H3の構成
液体エンジンLE-9の特徴の一つは、水素でエンジンを冷却した際の熱を、推進薬を送るポンプの駆動に利用する仕組みです。難しい名前では「エキスパンダー・ブリード・サイクル」といいます。まず「熱から部品を守る仕事が、ポンプを動かす仕事にもつながる」と理解すれば十分です。燃焼室の熱、極低温の推進薬、回転する機械を同時に扱う設計です。出典:LE-9
なぜ二段に分かれているのか
第1段の推進薬を使い終わると、大きなタンクやエンジンは仕事を終えます。それを付けたまま第2段を加速するより、切り離して残りを軽くした方が、同じ推進薬でも速度を変えやすくなります。これが「多段式」の考え方です。
ただし段を増やせば何でもよくなるわけではありません。分離装置や制御が増え、設計・試験も複雑になります。どこで区切るか、どれだけ推進薬を積むかは、届けたい荷物と軌道を考えて決めます。積み木のように単純に長くすれば能力が増す、というものではないのです。
エンジンを止めて待つ時間にも、意味がある
MMXの打ち上げ計画では、第2段のエンジンは一度燃焼した後に停止し、しばらく飛行してから再び燃焼する手順になっていました。この、エンジンを噴かずに飛ぶ区間を「コースト」と呼びます。停止中も探査機とロケットは進み、地球の重力を受けて軌道をたどります。停止して空中に待機するわけではありません。
宇宙の軌道を変えるには、いつ、どの向きに速度を変えるかが重要です。同じ量を噴射しても、軌道上の場所で効果が変わります。第2段の再着火は、燃焼の時間を適切な場所に配分するための機能です。飛行計画では分離まで約71分。実際のJAXA発表では打ち上げ約1時間11分13秒後の分離が確認されました。途中の個々の時刻は計画値と実測値を混ぜないように読む必要があります。出典:打ち上げ結果
H3は火星まで一緒に行くのか
H3の主な役割は、MMXを予定された軌道へ送り出すことです。分離した後のMMXは、自分の推進系で軌道修正などを行いながら旅を続けます。「ロケットが探査機を打ち上げる」と「探査機が火星圏へ到着する」は、連続した仕事ですが、担当する機械は異なります。
自分の町から港へ荷物を運ぶ車と、その先を航海する船を想像すると、役割分担を理解しやすいでしょう。ただし宇宙では止まって乗り換えるのではなく、すでに動いている状態のまま分離します。分離する瞬間の位置と速度が、その後の旅の出発条件になります。
大きさだけでなく、使いやすさを設計する
H3は、打ち上げ能力だけでなく、利用者が求める軌道や荷物への対応、信頼性、費用を含めた使いやすさを目指しています。ただし「低コスト化を目指す」という開発目標と、個別の打ち上げで実際にいくらかかったかは別です。燃料代だけが打ち上げ費用なのでもありません。製造、試験、運搬、射場、運用などの仕事が必要です。出典:H3の開発方針