宇宙ではエンジンを止めても飛び続けられる。それなら、最初に目的地へ向かって加速し、あとは待つだけでよいのでしょうか。スイングバイを理解する鍵は、「進み続けること」と「行きたい場所へ、行きたい速さで着くこと」の違いです。
燃料を使う飛行と、使わない飛行だけでも行ける
まず、スイングバイを使わなければ惑星へ行けない、というわけではありません。ロケットや探査機のエンジンで速度を変え、その間は噴射せずに飛行する方法でも、条件が合えば目的地へ向かえます。スイングバイは、限られた打ち上げ能力や推進薬で、必要な軌道を実現するための選択肢です。
宇宙機の設計では、必要な速度変更の大きさを足し合わせた量を「デルタV(ΔV)」として考えます。デルタは「変化」を表す記号です。同じ速さでも進む向きを変えるなら、速度は変わっています。速度には、大きさだけでなく方向があるからです。
目的地の近くまで行けても、通り過ぎる速さが大きすぎれば観測を続けられません。出発、軌道修正、到着時の減速、帰りの出発を合わせて、どれくらいのΔVが必要かを考えます。「何km飛ぶか」だけでは、必要な推進薬を決められない理由です。参考:NASA・惑星間の軌道
推進薬を増やすと、その推進薬も運ぶことになる
帰り道のために推進薬を増やすと、往路では増やした分も加速しなければなりません。そのためにさらに推進薬が必要になることがあります。タンクを大きくするなら容器も重くなります。遠くへ行くほど、燃料を足せば簡単に解決、とはいかなくなります。
理想化したロケットの関係式では、ΔVは、噴き出す物質の有効な速さに、燃焼前後の質量比の自然対数を掛けた形になります。数式を暗記する必要はありません。重要なのは、必要なΔVを増やすと、必要な質量比が急に大きくなるという性質です。重力や空気抵抗がある打ち上げでは、さらに考えることが増えます。
そこで、惑星の重力と公転運動を利用して速度の向きを変え、太陽から見た軌道を変える方法が役立ちます。これが「スイングバイ」、または「重力アシスト」です。
惑星から見ると、近づいて曲がり、離れていく
惑星を中心に考えると、探査機は近づきながら加速し、惑星のそばで進行方向が曲がり、離れるときに減速します。エンジンを噴かず、大気抵抗などを無視する理想的な場合、十分遠方での進入時と退出時の速さは同じになります。
「近づくと加速するのだから、出るときにもそのまま速いはず」と考えると、後半の減速を見落とします。重力だけで惑星へ落ちていくときに増えた運動のエネルギーは、遠ざかるときに戻されます。惑星が静止した基準で見ると、主に変わるのは遠方での速度の向きです。
太陽から見ると、惑星も動いている
太陽を基準に見ると、探査機の速度には、惑星自身の公転速度が加わります。この足し算は、数字だけでなく「向きのある矢印」で行います。惑星から見た退出方向が変わると、同じ大きさの矢印でも、惑星の公転速度と足した結果が変わるのです。
説明用の例として、惑星が右へ30km/sで進み、探査機の惑星に対する速度が10km/sだとします。進入時にその10km/sが上向きなら、太陽から見た速さは約31.6km/s。退出時に右上45度へ向けば、合成した速さは約37.7km/sになります。惑星から見た10km/sは変わっていません。変わったのは方向と、太陽から見た合成速度です。
この図は、速度の足し算を説明する数値模型です。実際にどれだけ曲げられるかは、惑星の質量、接近距離、相対速度、大気や衛星を避ける条件などで決まります。どんな惑星でも好きな角度に曲がれる、という意味ではありません。
エネルギーはどこから来たのか
太陽から見て探査機がエネルギーを得る場合、その分は惑星の公転運動とのやりとりで得られます。惑星も反対の影響を受けますが、探査機と比べて非常に重いため、変化はごく小さくなります。エネルギーを何もないところから作る仕組みではありません。参考:NASA・重力アシスト
接近の仕方によっては、探査機の太陽に対する速さを下げることもできます。太陽へ近い天体を目指すときでも、地球と一緒に持っていた公転速度をどう変えるかが問題になります。遠くへ向かう加速だけでなく、減速や方向変更にも使えるのがスイングバイです。
はやぶさ2は、地球を使って旅を組み立てた
はやぶさ2は、2015年12月3日に地球スイングバイを行いました。JAXAは、太陽に対する速度が約1.6km/s増え、約31.9km/sになったと説明しています。地球を出発した探査機が、後で再び地球へ近づき、その公転運動を利用したのです。出典:はやぶさ2の地球スイングバイ
一見すると遠回りでも、推進薬や打ち上げ能力の制約の中で目的地へ到達できるなら、合理的な道になります。ただし待ち時間や飛行時間が長くなったり、狙った時刻と位置へ正確に到達する必要が生じたりします。スイングバイは「無料の近道」ではなく、時間と精密な航法を使って推進の負担を減らす方法です。
慣性飛行中にも、重力は働く
「エンジンを止めたら慣性で進む」と言うと、真っすぐ一定の速さで進み続ける絵を思い浮かべがちです。しかし惑星間では太陽などの重力が働いています。噴射していない間も、速度の向きや大きさは変化します。「推進薬を使っていない」と「力が働いていない」は違います。
実際の旅では、出発時の速度、エンジンの噴射、重力による軌道の変化、必要ならスイングバイを組み合わせます。MMXについても、他の探査機が使ったからという理由だけで、同じスイングバイ経路を描くことはできません。ミッションごとの公式計画を確かめる必要があります。