火星は小惑星より遠いから、MMXの旅は必ずはやぶさより長い。そう考える前に、「距離」が何を表すかを確かめましょう。目的地までの直線距離と、探査機が何年もかけて走った道のりは別の量です。
三つの距離を混ぜない
一つ目は、ある瞬間の地球と探査機の間隔です。通信にかかる時間などに関係します。二つ目は、太陽から探査機までの距離です。太陽光の強さや周辺環境を考える目安になります。三つ目が、探査機が飛行した経路に沿って足した累積距離です。
地球で考えるなら、学校までの直線距離、自宅からの現在位置、今日歩いた合計距離は違います。校庭を何周も走れば歩いた合計は増えますが、家から遠く離れたわけではありません。宇宙では目的地の天体も移動するため、区別はさらに大切になります。
公表された累積距離で比べる
| 探査 | 対象 | 比較する期間 | 公表された飛行距離 |
|---|---|---|---|
| はやぶさ | 小惑星イトカワ | 2003年の打ち上げ〜2010年の帰還 | 約60億km |
| はやぶさ2 | 小惑星リュウグウ | 2014年の打ち上げ〜2020年のカプセル帰還 | 約52億4千万km |
| MMX | 火星の衛星フォボス | 2026年の打ち上げ〜2031年の帰還目標 | 同じ定義で比較できる総飛行距離は、本稿では確認できていない |
はやぶさの約60億kmはJAXAの帰還特集、はやぶさ2の52億4千万kmは2020年12月6日の帰還後の説明資料による値です。MMX欄を火星との直線距離で埋めると、比較する物差しが変わってしまいます。未確認はゼロでも短いという意味でもありません。はやぶさ帰還特集・はやぶさ2帰還後の説明資料
はやぶさ2の資料では、往路31億km、小惑星近傍での飛行13.2億km、復路8.2億kmという内訳が示されています。小惑星の近くにいる間にも距離が増えるのは、小惑星も探査機も太陽のまわりを進んでいるからです。地表のカフェに座っていても、地球と一緒に宇宙を動いているのと似ています。
なお、2020年に地球へ戻ったのは主に試料を収めたカプセルで、はやぶさ2の探査機本体は拡張ミッションへ進みました。2020年までの距離へ、その後の飛行を混ぜると、比較の期間が変わります。数値には必ず「いつからいつまで」を添えます。
火星までの距離は毎日変わる
地球も火星も太陽のまわりを公転しています。地球の方が内側の軌道を短い周期で回るため、二つの惑星が太陽の同じ側にいる時期も、反対側にいる時期もあります。火星がいつも同じ距離で待っているわけではありません。
下の図は、地球の軌道半径を1、火星を1.524とした、同じ平面上の円軌道モデルです。同じ側なら二つの半径の差、反対側なら和が間隔になります。実際の軌道は楕円で傾きもあるため、この図の値を現実の最接近距離や打ち上げ日の配置として使ってはいけません。模型の目的は「距離が変わる理由」を理解することです。
天文学では地球と太陽の距離を基準にした「天文単位」、AUを使います。1AUは正確には149,597,870.7kmです。この連載の模型では計算しやすいよう約1.496億kmとして扱います。kmが長く並ぶ場合に、太陽系内の大きさを把握しやすくする単位です。
近い日に出発すればよい、とは限らない
探査機が着くころには、火星は出発時の位置から進んでいます。したがって向かうのは「いま見えている火星の場所」ではなく、「到着時刻に火星がいる場所」です。さらに到着後に観測するには、ただ近くを通過するだけでなく、適切に減速して火星圏にとどまる必要があります。
地球と火星の間隔が小さい日でも、到着時刻と速度を両立させるのに多くの推進薬が必要なら、良い出発日とは限りません。出発の時期、飛行時間、使う推進薬、到着時の速度をまとめて選びます。この条件がそろう出発の機会を「打ち上げウィンドウ」と呼びます。日々の発射時刻の範囲に使う場合もあるので、文脈を見ます。
遠いと、会話にも時間がかかる
電波は光と同じ速さで進みます。説明用に片道の距離を1億kmとし、光速を毎秒約30万kmとすると、片道は約333秒、約5分33秒です。問いかけて返事を受け取るには、その往復分に加え、処理時間が必要です。これは計算例であり、MMXのある日時の通信時間を測った結果ではありません。
遅れて届く映像を見ながら、地球からリアルタイムのゲームのように着陸操作することはできません。探査機が自分で状態を測り、あらかじめ設計した範囲で判断する理由は、距離からも説明できます。遠さは旅の長さだけでなく、機械と人がどう協力するかにも影響するのです。