EP.38 で扱ったとおり、雲は衛星データ利用の最大の障害です。期間合成で埋められる場面もありますが、「いま、この場所を見たい」という要求には応えられません。
そこで ── 電波を使う観測方式 ── の出番になります。この回は、その特徴と使いどころを整理します。
1. 何が違うのか
根本的な違いは、自ら電波を出して、その反射を捉えるという点です。太陽光の反射を捉える方式とは、前提が変わります。
| 項目 | 光学(EP.36-38) | レーダー |
|---|---|---|
| 光源 | 太陽 | 自分で照射する |
| 雲 | 遮られる | 透過する |
| 夜間 | 使えない | 使える |
| 見え方 | 写真に近い | 独特(明るさの意味が違う) |
| 色 | 波長ごとの値 | 色という概念がない |
| 読み解き | 直感的 | 慣れが要る |
2行目と3行目が決定的な利点です。天候と時刻に左右されない。定期的に、確実に観測できます。
一方、4行目から6行目が難点です。写真のようには見えません。慣れないうちは、何が写っているのか判断できないことがあります。
2. 明るさの意味
レーダーの画像で明るい・暗いが何を意味するかを、押さえておく必要があります。電波がどう跳ね返るかで決まります。
| 対象 | 見え方 | 理由 |
|---|---|---|
| 滑らかな水面 | 非常に暗い | 電波が反対側へ跳ね、戻ってこない |
| 建物・構造物 | 非常に明るい | 壁と地面で二重に反射して強く戻る |
| 森林 | 中程度 | 枝葉で乱反射する |
| 裸地・農地 | やや暗い | 比較的滑らか |
| 荒れた水面 | 明るくなる | 風で波立つと反射が変わる |
| 斜面 | 向きで大きく変わる | 手前向きは明るく、奥向きは暗い |
1行目と2行目の対比が、実務で最も使えます。水は暗く、建物は明るい。この性質から、浸水した範囲を見つけることができます。
5行目に注意してください。風が強くて波立っている水面は、暗くなりません。「暗い=水」という単純な判定は、条件によって外れます。風の状況も考慮する必要があります。
6行目も山地では効いてきます。同じ地表でも、斜面の向きによって明るさが変わります。山間部の解析では、この影響を補正する処理が要ります。
3. 浸水範囲を見つける
最も実用的な使い方が、災害時の浸水範囲の把握です。原理は単純で、平常時は暗くなかった場所が暗くなったところを探します。
import numpy as np
def flood_candidate(before_db, after_db, water_threshold=-15.0, drop_threshold=3.0): """平常時と災害後を比べて、浸水の候補を出す。
*_db: 後方散乱の強さ(デシベル)。水面は小さい値になる。 water_threshold: これより小さければ水面らしいとみなす drop_threshold: 平常時からこれ以上下がったら変化とみなす """ # 災害後に水面らしい値になっている looks_like_water = after_db < water_threshold
# かつ、平常時からはっきり下がっている dropped = (before_db - after_db) > drop_threshold
# 平常時から水域だった場所は除く(川や湖) was_water = before_db < water_threshold
candidate = looks_like_water & dropped & ~was_water
return { "候補": candidate, "候補の画素数": int(candidate.sum()), "平常時からの水域": int(was_water.sum()), }
# 閾値は使うデータと地域によって調整が要る。# 平常時のデータで、既知の水域がどの値になるかを先に確認しておく。平常時から水域だった場所を除くのが要点です。川や湖はもともと暗いので、除外しないと全部が浸水候補になります。
閾値は使うデータと地域で調整が要ります。ここに書いた値をそのまま使わないでください。平常時のデータで、既知の水域がどの値になるかを先に確認するのが正しい手順です。
市街地が浸水しても、建物からの強い反射が残るため、単純な閾値では検出できないことがあります。田畑や平地では有効ですが、市街地では過小に評価される傾向があります。この限界を理解したうえで使ってください。
4. その他の使いどころ
浸水以外にも、光学では難しい用途があります。
- 定期的な観測が必要な監視 — 天候に左右されず、欠測が少ない
- 夜間の状況把握 — 時刻を選ばない
- 地表の微小な変動の検出 — 専門的だが、地盤の変動などに使われる
- 船舶の検出 — 海面が暗く、船が明るいので対比が出る
- 土地の状態の変化 — 表面の粗さの変化を捉える
1番目が地味に重要です。欠測が少ないというのは、時系列で追う用途では大きな利点になります。光学データは雲で歯抜けになりますが、レーダーなら規則正しく観測が並びます。EP.38 で扱った が不要になる、という言い方もできます。時点が明確なまま追えるのは大きな利点です。
3番目は高度な手法で、この記事の範囲を超えます。ただしそういうことができると知っておくと、必要になったときに調べられます。
5. 使う前に確認すること
実際に使う前に、確認しておく項目があります。データの性質が光学とかなり違うためです。
- 1処理の段階 — 生に近いものと、地図に合わせて補正済みのものがある
- 2単位 — そのままの値か、デシベルに変換済みか
- 3観測の向き — 同じ場所でも、向きが違うと比較できない
- 4空間の解像度 — 用途に足りるか
- 5観測の頻度 — 何日おきに同じ場所が観測されるか
3番目が特に重要です。衛星が同じ場所を、別の向きから観測することがあります。向きが違うと斜面の見え方が変わるため、そのまま比較すると誤検出になります。同じ向きの観測同士で比べるのが原則です。
1番目も確認してください。地図に合わせて補正済みのデータでないと、EP.35 で扱った地図データとの重ね合わせができません。用途によって必要な段階が違います。次回扱う の話とも関わりますが、重ねる相手のデータの性質も併せて確認しておく必要があります。
6. 光学との使い分け
最後に、どちらを使うかの判断を整理します。併用が基本です。
| 状況 | 選択 | 理由 |
|---|---|---|
| 晴れていて、植生や土地被覆を見たい | 光学 | 解釈が直感的(EP.36) |
| 雲がある / 夜間 | レーダー | 光学は使えない |
| 災害直後 | レーダー | 天候が悪いことが多い |
| 浸水範囲を知りたい | レーダー | 水面の対比が明確 |
| 定期的に欠測なく追いたい | レーダー | 雲で歯抜けにならない |
| 判断材料として確実性が要る | 両方 | 互いに補完する |
最下行が実務的な結論です。レーダーで候補を出し、晴れた日の光学で確認する。あるいはその逆。片方だけで判断せず、両方で確かめるほうが、誤りが減ります。
そして EP.37 でも書いたとおり、衛星データだけで結論を出さない。現地の情報、他のデータとの突き合わせが必要です。候補を絞る道具として使うのが、最も実務に合った位置づけです。
自ら電波を出すため、雲があっても夜間でも観測できる。ただし写真のようには見えず、明るさの意味が違う(水は暗く、建物は明るい)。この対比から浸水範囲を捉えられるが、風で波立つと水面が暗くならない、市街地では過小評価という限界がある。観測の向きが違うと比較できない点に注意。そして光学との併用が基本です。
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