ふくふくHukuhuku Inc.
EP.04Legacy Revival 13分公開: 2026-09-02

塩漬けか、作り直しか ── 移行方針を経営に説明する試算の作り方

旧システムを維持するか作り直すかは、技術の良し悪しではなく投資判断です。塩漬けの隠れコストと刷新リスクを同じ土俵に並べ、6R フレームで選択肢を整理し、経営が意思決定できる「1枚サマリー」に落とすまでを解説します。

#レガシー刷新#移行戦略#投資判断#6R#経営
執筆 / 監修
松尾 亮合同会社ふくふく 代表社員

データ基盤・データパイプライン構築 / BI / 生成 AI 活用支援を専門とするエンジニア (28 年)。 本記事は AI 利用ポリシーに基づき、生成 AI の補助で執筆 → 人間が監修・編集して公開しています。

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EP.1〜3 では、読めなくなったをどう解読し、仕様を復元し、安全網を張るかという「技術の話」をしてきました。EP.4 はいったん技術から離れます。移行方針を決めるのは、最終的には経営の投資判断だからです。エンジニアがどれだけ美しい再設計を描いても、それが「いくらかけて、何を得て、何を諦めるか」の言葉に翻訳されなければ、経営は判断できません。この記事は、その翻訳のやり方 ── 塩漬けと作り直しを同じ土俵に並べ、選択肢を整理し、1枚に落とすまで ── を扱います。

この記事のゴール

「技術的にはこちらが正しい」ではなく「投資として、この会社にとって今どれが妥当か」を、非エンジニアの意思決定者と共有できる状態にすること。前提として、対象システムの現状把握が済んでいることが望ましいです(未着手なら レガシー再生 EP.1 コード考古学の6ステップ を先に)。

1. 塩漬けは「無料」ではない ── 維持コストの全体像

移行を検討する最初の壁は、たいてい「今も動いているのだから急ぐ必要はない」という声です。ここで反論の材料になるのが、塩漬け維持の隠れコストを金額として見せることです。稼働しているシステムは、静かに、しかし毎月確実にコストを発生させています。目に見える保守費だけでなく、次のような費目を積み上げます。

  • 保守工数:改修・問い合わせ対応にかかる人月。属人化していると『その人が辞めたら止まる』という値付け不能なリスクも含む
  • 障害コスト:年間の障害発生回数 × 1回あたりの対応時間 × 人件費。加えて、止まった間の逸失売上
  • リスク:OS・言語ランタイム・ミドルウェアのサポート切れ。セキュリティ更新が止まった瞬間から、事故は『いつか』ではなく『時間の問題』になる
  • 機会損失:新しい要件(新チャネル連携、データ活用、規制対応)に応えられず取り逃す売上。これが実は最大の費目になりやすい
  • の利息:改修のたびに余計にかかる工数。負債の元本を返さない限り、この利息は毎年膨らむ

重要なのは、これらを「年額」に揃えて一列に並べることです。とくには、借金の利息と同じで返さなければ毎年払い続ける性質を持ちます。「今年の改修が去年より高くついた」という現場の実感は、この利息が効いている証拠です。塩漬けの総コストは、放置する年数だけ積み上がっていきます。

塩漬けコストは「毎月届いている見えない請求書」として金額化する
Text
塩漬けの年間コスト(例としての置き方)  = 保守人件費(人月 × 単価)  + 障害コスト(年間発生回数 × 平均対応時間 × 単価 + 逸失売上)  + EOL 対応の前倒し費用 ÷ 残存年数  + 機会損失(応えられず失注・遅延した案件の粗利)  + 技術的負債の利息(同種改修が年々増える分の差額)
※ 数字は自社の実データで置き換える。桁が合えば初回は十分。
「動いている=無料」という誤解

会計上、既存システムの多くは償却済みで、損益計算書に費用として現れません。だから『タダで動いている』ように錯覚します。しかし実際には人件費・障害・機会損失として社内のどこかが払い続けています。見えないだけで、請求書は毎月発行されているのです。

2. 選択肢を6Rで整理する

「塩漬けか、作り直しか」という二択は、実は粗すぎます。その間に複数の中間解があり、それを整理する枠が 6R です。もともとクラウド移行の文脈で使われてきた分類ですが、レガシー全般の方針決めにそのまま使えます。全システムを一律に扱わず、サブシステム単位で6Rのどれを当てるかを決めるのがコツです。

6R比較。システム全体を一つのRで塗らず、機能ブロックごとに割り当てる
方針(R)内容初期コストリスク向いている対象
Retain(現状維持)あえて今は触らない低(ただし負債は増え続ける)変更頻度が低く、EOL がまだ先のもの
Retire(廃止)使われていない機能を捨てる利用実績のない機能・重複システム
Rehost(そのまま移設)中身は変えず基盤だけ移す(リフト)低〜中ハードや契約起因で急ぐが、中身は当面維持でよいもの
Replatform(土台の載せ替え)アプリはほぼ据え置き、OS/DB/ランタイムを更新EOL 回避が主目的で、業務仕様は変えたくないもの
Refactor(部分改修)内部構造を段階的に作り替える中〜高変更が多く、負債の利息が重い中核
Replace(刷新)作り直す/SaaS等に置き換える仕様が陳腐化し、負債返済より作り直しが安いもの

この表の効き目は、「全面刷新(Replace)以外にも道がある」と経営に見せられることにあります。とくにが差し迫っているだけなら、Replatform(土台の載せ替え)で数年の猶予を買い、その間に本丸を Refactor する、という組み合わせが現実的な落としどころになることが多いです。の勘定系やに業務ロジックが埋まった DB など、仕様がコードにしか残っていない領域ほど、いきなり Replace は危険 ── まず EP.3 で作ったで現行の振る舞いを固定してから動かします。

3. 段階移行 vs 一括刷新の損益分岐

作り直す方針(Refactor / Replace)を選んだとして、次の分岐が「一気にやるか、少しずつやるか」です。ここはコストとリスクのトレードオフがきれいに出る論点なので、経営に説明しやすい部分でもあります。

  • 一括刷新(ビッグバン):新システムを作り切って、ある日いっせいに切り替える。二重運用の期間が短く総額は抑えやすいが、切替当日に全リスクが集中する。失敗時の影響が最大化する
  • 段階移行:機能ブロックごとに新へ移し、新旧を並走させながら少しずつ切り替える。1回あたりの失敗が小さく後戻りできるが、新旧併存の間は二重コストと統合の手間がかかる

損益分岐の考え方はシンプルです。段階移行の追加コストは主に「二重運用が続く月数 × 月あたりの二重コスト」。一括刷新の期待損失は「切替失敗の確率 × 失敗したときの影響額」。この2つを並べ、業務が止まったときの打撃が大きい基幹ほど、多少割高でも段階移行に倒す ── という順序で説明します。段階移行の具体的な進め方は、旧システムを少しずつ包み込んで置き換えるとして EP.5 ストラングラーパターン で詳しく扱います。

判断の目安

『止まると事業が傾く』基幹は段階移行が原則。『止まっても数時間なら耐えられる/規模が小さい』ものは一括刷新の方が総額で得なことが多い。全システムを同じ方式で移そうとしないこと ── ここでも機能ブロック単位で方式を混ぜてよい。

4. 経営が意思決定できる「1枚サマリー」

ここまでの材料を、意思決定者が5分で読める1枚に凝縮します。技術用語を並べた資料は、それだけで判断を止めてしまいます。載せるのは次の5点に絞ります。

  1. 1現状の年間コストと3年後の見通し:塩漬けを続けた場合、負債の利息と EOL でコストがどう膨らむか
  2. 2推奨案と、対抗の2案:6Rのどれを、どのブロックに当てるか。1案だけ出さず必ず比較で見せる
  3. 3投資額と回収の絵姿:初期費用と、それが何年でペイするか(削減できる保守費+取り戻せる機会損失)
  4. 4やらなかった場合のリスク:セキュリティ、事業継続、人材(保守できる人がいなくなる日)
  5. 5意思決定してほしいこと:今回の稟議で何にGoを出すのか(全部ではなく、最初の一歩でよい)

経営が知りたいのは『技術的に正しい答え』ではなく『この会社が今、限られた予算で何にGoを出すべきか』です。1枚に落とせない提案は、まだ意思決定できる形になっていません。

5. 落とし穴 ── 判断を歪める3つのバイアス

最後に、移行方針の議論を毎回のように狂わせる3つの罠を挙げます。どれも「悪意」ではなく「善意の技術者」や「慎重な経営」から自然に生まれるものなので、名前を付けて共有しておくだけで防ぎやすくなります。

落とし穴1:技術者はつい全面刷新を勧めてしまう

汚いコードを毎日触っていると『全部作り直したい』という衝動が働きます。しかし全面刷新は6Rの中で最も高コスト・高リスクな選択。まず Retire(廃止)で対象を減らし、Replatform で時間を買えないかを先に検討するのが順序です。作り直しは『それ以外に安い道がないと確認できたとき』の最終手段。

落とし穴2:サンクコスト(すでに払った金額)に引きずられる

『これまで積み上げてきた資産だから捨てられない』は、意思決定を過去に縛る典型。判断すべきは『これから先、どちらが安く価値を生むか』だけ。過去の投資額は、今日の選択の損得には入れない ── これを口に出して合意しておくと議論が前に進みます。

落とし穴3:数字を作り込みすぎて動けなくなる

『正確な試算が出るまで決められない』も罠。試算の目的は予測ではなく選択肢の順位付け。桁が合えば初回は十分で、精度は有力2案に絞ってから上げる。完璧なスプレッドシートより、来週の稟議に載る1枚のほうが価値があります。


移行方針は「技術の正解」ではなく「投資の妥当解」です。塩漬けの隠れコストを金額化し、6Rで選択肢を広げ、段階移行と一括刷新の分岐を示し、1枚に落とす ── この順序を踏めば、エンジニアの直感が経営の意思決定に翻訳されます。試算のモデル作りや、6Rの割り当て・段階移行の設計を伴走してほしい場合は レガシー刷新・資産化支援 をご覧ください。次回 EP.5 では、段階移行の実装パターンであるを扱います。続編はこのシリーズへの読者リアクションに応じて随時追加していきます。

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