は、組織全体が向かう先を1つの数字で表した指標です。多すぎる指標の優先順位を決めるために置かれます。
強力ですが、選び方を誤ると全体が誤った方向へ進みます。この回は条件と、見直しの契機を扱います。
1. なぜ1つにするのか
目的は優先順位を決められるようにすることです。複数あると、対立したときに判断できません。
| 状況 | 1つの場合 | 複数の場合 |
|---|---|---|
| 施策Aと施策Bで迷う | 指標への寄与で選べる | どちらを優先するか決められない |
| 部門間で意見が割れる | 同じ基準で議論できる | それぞれが別の指標を根拠にする |
| 資源の配分を決める | 寄与の大きい方へ | 配分の根拠がない |
2行目が実務で最も効きます。部門ごとに別の指標を追っていると、議論が噛み合いません。営業は売上、開発は品質、サポートは満足度。どれも正しいので、対立が解けません。
ただし、1つだけを見るという意味ではありません。EP.21 で扱った は別に持ちます。追うのは1つ、見張るのは複数という構成です。
2. 良い指標の条件
選ぶときの条件を並べます。すべてを満たすものは稀なので、優先順位をつけて判断します。
| 条件 | 重要度 | なぜ |
|---|---|---|
| 事業の成功と方向が一致 | 必須 | これが崩れると全体が誤る |
| 利用者への価値と方向が一致 | 必須 | 利用者を犠牲にして達成できてはいけない |
| 日々の行動と結びつく | 高い | 何をすればよいか分かる |
| 先行して動く | 高い | 結果を待たずに判断できる |
| 測れる・遅延が小さい | 高い | 測れない指標は機能しない |
| 単純で説明できる | 中 | 全員が同じ理解を持てる |
1行目と2行目が必須です。両方を満たす指標を探すのが、この作業の核心と言えます。片方だけなら簡単に見つかりますが、それでは機能しません。
利用者への価値を犠牲にして達成できる指標を置くと、組織はその方向へ進みます。「表示回数」を追えば見にくい広告が増え、「通知の開封数」を追えば通知が増える。達成できてしまうことが問題です。
3. 選び方の手順
候補を出して選ぶ、という進め方をします。いきなり1つに決めないでください。
- 1利用者が価値を感じる瞬間を言葉にする — 数字ではなく、まず言葉で
- 2その瞬間を数えられる形にする — 何回起きたか、何人が体験したか
- 3候補を3〜5個出す — 1つに絞らない
- 4それぞれで「達成できてしまう悪い方法」を考える — 副作用の予測
- 5過去のデータで動きを確認する — 事業の成長と連動しているか
- 6選んで、理由を明文化する
1番目が出発点です。「利用者はどういうときに、このサービスを使ってよかったと思うか」。ここを言葉にできないと、数字にもできません。
4番目が最も重要な工程です。その指標を、望ましくない方法で上げられないかを考える。上げられるなら、組織はいずれその方法を見つけます。 が示すとおりです。
CRITERIA = [ ("事業の成功と一致", 3), # 重み ("利用者価値と一致", 3), ("日々の行動と結びつく", 2), ("先行して動く", 2), ("測れる・遅延が小さい", 2), ("単純で説明できる", 1),]
def evaluate(candidates: dict) -> None: """候補を条件ごとに採点して比べる。
candidates: {"候補名": {"条件名": 0〜3の点数, ...}} """ rows = [] for name, scores in candidates.items(): total = sum(scores.get(c, 0) * w for c, w in CRITERIA) # 必須条件が低い候補は、合計が高くても除外する must = min(scores.get("事業の成功と一致", 0), scores.get("利用者価値と一致", 0)) rows.append((total, must, name))
for total, must, name in sorted(rows, reverse=True): mark = "" if must >= 2 else " ← 必須条件が不足" print(f" {name:28s} 合計 {total:3d}{mark}")
evaluate({ "週に1回以上使った人数": { "事業の成功と一致": 3, "利用者価値と一致": 3, "日々の行動と結びつく": 3, "先行して動く": 3, "測れる・遅延が小さい": 3, "単純で説明できる": 3, }, "累計の登録者数": { "事業の成功と一致": 1, "利用者価値と一致": 0, "日々の行動と結びつく": 1, "先行して動く": 0, "測れる・遅延が小さい": 3, "単純で説明できる": 3, }, "月間の売上": { "事業の成功と一致": 3, "利用者価値と一致": 1, "日々の行動と結びつく": 1, "先行して動く": 0, "測れる・遅延が小さい": 2, "単純で説明できる": 3, },})必須条件が低い候補を除外しているのが要点です。合計点が高くても、必須が満たされていなければ選べません。「累計の登録者数」は測りやすく説明もしやすいのですが、利用者への価値と対応していないため候補になりません。
累計の指標は の典型です。下がることがないので常に良く見える。報告には使えますが、判断には使えません。
4. 段階によって変わる
事業の段階が変われば、追うべきものも変わります。同じ指標を使い続けるほうが不自然です。
| 段階 | 焦点 | 指標の例 |
|---|---|---|
| 立ち上げ | 価値が届いているか | 実際に使い続けている人数 |
| 成長 | 広がっているか | 新しく使い始めた人の継続率 |
| 拡大 | 収益に結びつくか | 顧客あたりの価値 |
| 成熟 | 維持できているか | 解約率、利用の深さ |
立ち上げの段階で収益の指標を置くと、判断を誤ります。まだ価値が届いているかも分からない段階で収益を追うと、価値の検証が後回しになります。
逆に、成熟した事業で「使っている人数」だけを追うのも合いません。人数は横ばいでも、収益や維持のほうが重要な段階に入っています。
5. 見直しの契機
では、いつ見直すか。定期的にと契機が来たときの両方を持ちます。
- 年1回は必ず見直す — 変えないと決めるのも判断
- 事業の段階が変わったとき — 上の表の移行
- 指標が動かなくなったとき — 上限に達しているかもしれない
- 望ましくない行動が見え始めたとき — 副作用が出ている
- 組織が変わったとき — 責任範囲が変われば見るものも変わる
3番目は見落とされやすい契機です。指標が動かなくなったとき、施策が効いていないのではなく、その指標では捉えられない段階に入った可能性があります。
4番目については、EP.21 でも扱いました。指標を上げるための望ましくない行動が見え始めたら、指標の設計に問題があります。人を責めるのではなく、指標を見直してください。
6. 変えるときの進め方
見直して変えると決めたら、進め方が重要です。頻繁に変わると、組織が混乱します。
- 1変える理由を明示する — 何が変わったから変えるのか
- 2移行の期間を設ける — 両方を並行して見る時期を作る
- 3過去の数字も新しい指標で振り返る — 連続性を保つ
- 4変えたことを記録に残す — いつ、なぜ変えたか
- 5下位の指標も併せて見直す — 分解が変わるはず
3番目が効きます。新しい指標で過去を振り返ると、「以前はこうだった」という基準ができます。基準がないと、新しい指標が良いのか悪いのか判断できません。
そして4番目。EP.22 でも書きましたが、判断の理由は書かなければ失われます。数年後に「なぜこの指標なのか」と問われたとき、当時の判断が残っていれば、いま変えてよいかを判断できます。
1つにする意味は、対立したときに判断できること(ただし見張る指標は別に持つ)。必須条件は事業の成功と一致、利用者への価値と一致の2つ。選ぶ過程で 「望ましくない方法で上げられないか」 を必ず考える。事業の段階が変われば指標も変わるので、年1回は見直す。指標が動かなくなったときも見直しの契機です。
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