ボールを投げる、円を描いて回る、速さと向きを足す。学校で学ぶ運動の考え方は、探査機の道を考える入口になります。この発展編では、手計算から始めて、初速を変えると軌道がどう変わるかを自分で試します。中学生は図と数字を、高校生は式のつながりまで追ってみてください。
学校のどの単元が、何に使われる?
| 学校での考え方 | 宇宙での使い道 | この回で試すこと |
|---|---|---|
| 速さ・距離・時間 | 通信時間や移動時間の見積もり | 単位をそろえ、秒と日を換算する |
| 三平方の定理 | 縦・横の速度から全体の速さを求める | スイングバイ前後の速さを計算 |
| 力と加速度、等加速度運動 | 重力で進行方向が変わる様子を求める | ボールの弾道から始める |
| 円運動と万有引力 | 円軌道を保つ速さを求める | 地球付近の公転速度を計算 |
| エネルギー保存 | 遠くへ行くと遅くなる理由や脱出を考える | 楕円軌道と脱出速度を比べる |
| ベクトル・三角比 | 速度を向きも含めて足す | 重力アシストの出入りの角度を変える |
| 数列・関数・プログラミング | 短い時間ごとの運動を積み重ねる | 数値計算と公式の結果を照合する |
実験1:まず、ボールの弾道を計算する
「弾道」は、投げられた物体などが描く道筋です。ここでは地面が平らで、重力の加速度gが常に下向きに9.8m/s²、空気抵抗はないとします。m/s²は「1秒ごとに速度が何m/s変わるか」の単位です。上向きに投げたボールは、1秒ごとに上向きの速度を9.8m/sずつ失います。
時刻t秒での横の位置をx、高さをy、投げ出す速さをv₀、角度をθ(シータ)とします。三角比で速度を横と縦に分けると、次の式になります。sinとcosは、角度に応じて縦・横へ分ける割合です。
x = v₀ cosθ × t y = v₀ sinθ × t − ½gt²
10m/sで45度上へ投げると、横と縦の初速はどちらも約7.07m/sです。1秒後の横の位置は7.07m、高さは7.07−4.9=2.17m。頂点では縦の速度が0になるので、到達する時刻は7.07÷9.8≒0.722秒です。出発と同じ高さへ戻るのは、その約2倍の1.44秒後。横へ約10.2m進みます。参考:NASA・弾道の方程式
この放物線の式を、火星までそのまま延長してはいけません。地球から遠ざかると地球の重力の強さや向きは変わり、惑星間では太陽の重力が重要になるからです。使える式は、どんな条件を省いたかとセットで覚えます。
実験2:円軌道を回るには、どれだけ速ければいい?
円を描く物体は、速さが一定でも速度の向きが変わるため、加速度を持ちます。半径rの円を速さvで回るとき、中心へ向かう加速度はv²/r。太陽の重力が作る加速度はμ/r²と書けます。μ(ミュー)は、万有引力定数Gと太陽の質量Mを掛けた値です。
v²/r = μ/r² → v = √(μ/r)
太陽から地球までの距離を1AUとして、r=149,597,870,700m、太陽のμ≒1.32712440018×10²⁰m³/s²を使います。計算するとv≒29,785m/s、つまり約29.8km/sです。ここでは地球の軌道を円とみなしています。実際の地球の速さは、楕円軌道上の場所によって変わります。定数の参考:NASA JPL・天体力学のパラメータ
電卓では、まずμ÷rを計算し、その平方根を取ります。mで計算した結果をkm/sにする最後の段階で1,000で割ってください。途中でkmとmを混ぜると、単位の違いが大きな誤りになります。
実験3:火星へ行く、いちばん基本的な楕円を描く
次は太陽を中心に、地球が半径1AU、火星が半径1.524AUの円を同じ平面で回っているとします。二つの円に内側・外側から接する楕円を使って移る方法が、ホーマン遷移です。この単純な条件での基本的な移り方ですが、最速の経路ではありません。実際のミッションでは別の条件や軌道も検討します。参考:NASA・惑星間軌道
楕円の長い直径の半分を「長半径a」と呼びます。この遷移では、a=(1+1.524)/2=1.262AU。楕円上の速さは、距離rの場所で次の式になります。これは太陽の重力だけを受けるときのエネルギー保存から得られる関係です。
v² = μ(2/r − 1/a) 遷移にかかる時間 = π√(a³/μ) (楕円を半周)
単位をmと秒にそろえて計算すると、地球側の楕円の速さは約32.73km/sです。円軌道の29.78km/sから約2.95km/s増やすと、この楕円へ移れます。火星側では楕円の速さが約21.48km/sになり、その半径の円軌道の約24.13km/sより遅くなっています。円へ合わせるには約2.65km/s増やします。半周の時間は約259日です。
この2.95km/sと2.65km/sは、地上からの打ち上げや、火星へ着陸するための全ΔVではありません。太陽中心の二つの円軌道間で、瞬間的に速度を変える理想モデルの差です。地球を離脱する仕事や火星重力による捕獲、惑星の大気、軌道の傾き、有限時間の噴射などは含めていません。
火星のいる場所へまっすぐ向けても、259日後には火星が動いています。このモデルで火星はその間に約135.6度進むため、出発時には到着方向の180度より約44.4度手前、つまり地球より公転方向に約44.4度先にいる必要があります。目的地の未来の位置に合わせる計算が、出発時期を選ぶ理由になります。
実験4:スイングバイを、速度の矢印で計算する
惑星が右向きに30km/sで動いているとします。惑星から見た探査機の速さは、遠方での進入時も退出時も10km/s。進入方向を上向き、退出方向を右上45度とする説明用の例です。惑星の近くの曲がり方は、ここでは計算せず、決まっているものとして使います。
太陽から見た速度 = 惑星の速度 + 惑星から見た探査機の速度 進入:(30, 0) + (0, 10) = (30, 10) 退出:(30, 0) + (7.071, 7.071) = (37.071, 7.071)
括弧の中は、横向きと縦向きの速度です。全体の速さは三平方の定理で√(横²+縦²)。進入時は√(30²+10²)≒31.6km/s、退出時は約37.7km/sとなります。探査機が惑星に対して持つ10km/sは変わらなくても、太陽から見た速さは変わります。
質量1kgあたりの運動エネルギーの変化は、½(v出²−v入²)で計算できます。この例では約2.12×10⁸J/kg増えます。計算では速度をm/sに直します。エネルギーは無から生まれたのではなく、惑星の公転運動とのやり取りです。探査機に比べて惑星が非常に重いため、惑星側の変化はごく小さくなります。
教材では退出角を自由に変えられますが、実物でどの角度でも選べるわけではありません。惑星の質量、接近する速さ、最も近づく距離が、曲げられる角度を制限します。惑星の表面や大気へ入り込めない条件もあります。この教材は速度の足し算を理解するもので、実現可能な接近航路を求める計算ではありません。
実験5:コンピューターで、少しずつ運動を進める
公式で一度に解けない複雑な場合には、短い時間ごとに位置と速度を計算する方法があります。太陽を原点とし、探査機の位置を(x,y)とすると、距離r=√(x²+y²)、加速度は次のとおりです。
aₓ = −μx/r³ aᵧ = −μy/r³
マイナスは太陽へ向かうことを表します。位置が変われば、次に使う加速度も変わります。教材では1時間ずつ、①現在の加速度を求める、②次の位置を求める、③新しい位置で加速度を求める、④前後の加速度の平均で速度を更新する、という「速度ベルレ法」を使います。
次の位置 = 今の位置 + 今の速度×Δt + ½×今の加速度×Δt² 次の速度 = 今の速度 + ½(今の加速度+次の加速度)×Δt
Δtは計算の時間刻みです。細かくすると一般に誤差を減らせますが、計算回数は増えます。また「細かくしたから絶対に正しい」わけでもありません。プログラムの式を間違えていれば、間違った答えを細かく計算するだけです。
答えを信用する前に、保存される量を調べる
この二体問題では、噴射がなければ、質量1kgあたりの力学的エネルギーε=v²/2−μ/rが保存されます。教材には、計算中のエネルギーのずれも表示します。初速を円軌道の値にすると円が保たれるか、火星への遷移では約259日後に反対側の1.524AUへ着くかも確認できます。答えを描くだけでなく、別の式と照合するのが検算です。
初速が約42.1km/sを超えると、この1AUからの太陽中心モデルでは、戻ってくる楕円ではなく脱出する軌道になります。地球表面からの脱出速度の話ではありません。「何の重力から、どの位置で脱出するか」を必ず添えましょう。
計算室で、円軌道、火星への遷移、45km/sの脱出を順番に試してください。その後、自分の初速を選び、形と周期がどう変わるか予想してから結果を見ます。Pythonの計算例と空の記録表も用意しました。Pythonの例は標準機能だけで動き、手計算の答えと数値計算の結果を表示します。
学校の物理は、宇宙の答えをそのまま暗記する道具ではありません。何を単純化したかを決め、式を作り、予測し、結果を確かめるための道具です。まず単純なモデルで筋道をつかむことが、複雑な探査を理解する足場になります。