月から数百kgの岩石を持ち帰る探査と、小惑星からわずかな粒を持ち帰る探査。どちらがすごいのでしょう。実は、採った量だけでは答えられません。誰も行ったことのない場所から、どんな問いに答えられる試料を届けたかが重要だからです。
月では米国と旧ソ連が道を開いた
米国のアポロ計画では、6回の月面着陸で合計約382kgの試料が持ち帰られました。宇宙飛行士が地形を見て歩き、さまざまな場所から選んで採れることは、有人探査の強みです。一方、生命維持や人を安全に帰すための大きな装備が必要です。出典:NASA・アポロ試料の研究
旧ソ連はルナ16号、20号、24号で、無人の月面試料回収を実現しました。人が乗らなくても、着陸し、採り、月を出発し、地球へ戻せることを示した実績です。月の試料回収では、日本より先に大きな経験を積んだ国々があります。サンプルリターン全体で日本が最初だったわけではありません。出典:NASA・試料帰還の歴史
日本が切り開いたのは、小惑星から戻る道
日本のはやぶさは2010年、小惑星から試料を持ち帰ることに世界で初めて成功しました。月よりずっと小さく、重力が弱く、形も不規則なイトカワへ行き、試料を地球へ届けたことに意味があります。機体のトラブルに対応しながら帰還を実現した経験も、その後の探査を支えました。
はやぶさ2は2020年、リュウグウから約5.4gを持ち帰りました。単に二度目の成功ではなく、種類の異なる小惑星で、複数地点の採取や人工クレーターを使った探査を進めた点に特徴があります。日本は小天体への接近、採取、帰還、そして微小な試料の分析に、継続した実績を持つ国です。出典:はやぶさ試料/はやぶさ2試料
米国と中国も、異なる強みを持つ
NASAのOSIRIS-RExは2023年にベヌーの試料を地球へ届け、2024年に発表された回収量は121.6gでした。多くの試料を分析や保存に分けられることは強みですが、はやぶさ2との質量比を科学の価値の比と考えることはできません。異なる天体から、異なる方法で得た試料だからです。出典:NASA・回収試料の質量
中国は嫦娥5号で2020年に月の試料1,731gを回収し、嫦娥6号では2024年、月の裏側から初めて試料を持ち帰りました。嫦娥6号の回収量は1,935.3gです。地球から直接見える側と反対側の試料を比較できることが、新しい科学につながります。出典:嫦娥5号/嫦娥6号
試料は岩石だけではありません。米国のStardustは2006年に彗星のちりを持ち帰りました。Genesisは太陽風の粒子を集め、2004年に地球へ帰還しましたが、パラシュートが開かず衝突しました。それでも回収・分析できた試料が研究に使われています。「計画どおりの帰還」と「科学的に使える試料が得られたこと」を区別して見る必要があります。出典:Stardust/Genesis
これからの主要計画は、何を目指す?
次の表は、2026年10月20日時点で確認した公式資料に基づく主要計画です。将来の年は実績ではありません。発表時点を併記し、古い予定を確定した日程として扱わないようにします。
| 計画・主体 | 持ち帰る対象 | 確認できる段階・予定 | 期待される違い |
|---|---|---|---|
| MMX/日本を中心とする国際協力 | 火星の衛星フォボス | 2026年10月20日打ち上げ。2031年帰還目標 | 火星の衛星の起源。火星由来粒子が得られる可能性 |
| 天問2号/中国 | 小惑星2016 HO3(カモオアレワ) | 2025年5月29日打ち上げ。打ち上げ発表では2027年末回収予定 | 地球の近くを公転する小天体の成り立ち。試料帰還後は主帯彗星311Pの探査計画 |
| 天問3号/中国 | 火星の表面 | 2026年4月公表で、2028年前後の打ち上げ・2031年前後の帰還を計画 | 火星へ着陸して採り、火星から再び打ち上げる探査 |
| チャンドラヤーン4号/インド | 月面 | 2024年9月に計画承認。ここでは最新の確定打ち上げ年を示さない | 採取・帰還に加え、宇宙での結合や分離などの技術実証 |
米欧の火星試料回収は、計画の見直しも読む
NASAとESAが進めてきたMars Sample Return(MSR)は、探査車が火星で選んだ試料を地球へ届ける構想です。採取場所の地質と試料を結び付けられる価値がありますが、科学的な意義だけで飛行が決まるわけではありません。費用や技術、予算上の判断で計画は変わります。
NASAは2025年5月の2026会計年度予算案の説明で、MSRを終了する提案を示しました。ESAも2025年の閣僚級会合に向けた説明で、帰還機として構想していたEarth Return Orbiterを、火星の大気を調べる片道の探査へ転用する研究を提案しています。帰還する役割が変われば、元の試料回収の道筋も変わります。NASAの予算案説明・ESAの計画説明
ここで確認したのは、それぞれの提案・見直しの発表です。この資料だけで最終的な予算成立や代替計画の承認まで確認できるわけではありません。そのため、MSRは通常の将来計画表から分け、旧構想の帰還年を現在の確定日程として掲載していません。新しい計画を読むときも、「研究する」「提案する」「予算が付く」「打ち上げる」を区別しましょう。
月の有人探査で試料を採るArtemisの科学計画も、今後の重要な方向です。ただし、月の近くを飛ぶ飛行と、月面に降りて試料を採る飛行は別です。計画名だけを見て、すべての飛行が新しい月の石を持ち帰ると思わないようにしましょう。出典:NASA・Artemisの科学
火星の石を持ち帰るのは、なぜ別格に難しい?
火星表面からの試料回収には、火星への着陸に加え、地表からの打ち上げが必要です。採った容器を別の機体へ渡す方式なら、火星の近くで正確に出会い、回収する技術も要ります。大気のある火星へ降りる仕事と、重力に逆らって離れる仕事を、遠隔でつなぐのです。
フォボスから戻るMMXと、火星表面から戻る計画を「火星圏からの帰還」として一括りにすると、この違いが見えなくなります。目的地が近くても、重力、環境、採取地点の情報、期待する試料は違います。どちらかがもう一方の完全な代わりになるわけではありません。
競争の先には、試料を分け合う協力がある
日本と米国は、リュウグウとベヌーの試料を交換し、研究協力を進めています。同じ試料を異なる装置や研究者が調べれば、結果を確かめられます。異なる天体の試料を同じ方法で調べれば、比較もしやすくなります。出典:NASA・JAXAとの試料交換
日本の位置を一言で表すなら、「小天体の試料帰還と精密分析で先駆的な実績を持ち、火星の衛星へ領域を広げようとしている国」です。全分野で一番という説明より、どこで道を開き、何を世界と分担しているかを見る方が、次の挑戦の意味を理解できます。